赤本

〜第五話〜

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午前二時・・・。
俺はなかなか眠れないでいた。
ひとつにこの寝袋の中での暑苦しい状態。ちなみにこの寝袋は仕事中の野宿に備えて、常備しているものだ。
さすがに窒息死ということはないが、キツイ。 
うまく体の自由がとれない。 寝返りをうつのも一苦労だ。
対して、加奈は部屋に布団を敷いて、悠々と寝ている。
何かごにょごにょ寝言を言っているようだ。 くそ、俺の体の自由さえきけば、
持参のビデオカメラで撮ってやるというのに・・・。
悔しい思いを残しながらも、俺はどうにか寝ようと努力した。
その時、俺の中の感覚が、ある異質な気を感じ取った。
それは、禍禍しいオーラを纏っていて、この島自身から感じたのとは、比べものにならないほど
気が強い。 いったいこれほどのものがこの島の何処に存在していたのか。
その気は、こちらに向かってきているように感じる。
「おい!加奈、起きろ。 おい!」
俺は大きな声を出したつもりなのだが、加奈は全く起きようとしない。
まだ寝言を言っている。
「おい、加奈、起きろ。 起きて俺をここから出せ!」
加奈はまだ起きようとしない。
そうこうしているうちに、その気はとても身近に感じるまでに至った。 くそ。 俺は最終手段を使った。
「おい、この性格ブス! 早く起きろ!!!」
その瞬間、俺の腹に蹴りが入った。 それはさっきまで布団に入っていた加奈だ。
「誰が、性格ブスですって。 あんた覚悟はできてるんでしょうね?」
これが最終手段。 加奈はなぜか自分の悪口には敏感に反応するようになっている。
以前、こいつが寝ているのを見計らって、さんざん悪口を言った挙句、全部聞かれていたという例がある。
ちなみに加奈は自分の性格が悪いということを自覚していない。 それがまた厄介である。
「そんなことより、加奈。 俺を早くここから出せ」
「何言ってるのよ。 一晩中、寝袋グルグルの刑の約束でしょ」
「そんな場合じゃない。 お前この気を感じないのか?」
「気? 何それ?」
・・・感じなくなっている。 さっきまであれほど感じていた禍禍しい気が、今は微塵も感じない。 
嫌な予感がする・・・。
「とにかく、さっき嫌な気を感じたんだ! これを解いてくれ」
加奈は俺の声の真剣さがわかったのか、「わかったわ」と言ってロープを解いてくれた。
俺はロープが解かれるとすぐに寝袋から脱出し、家の外に飛び出した。
外へ出ると、そこは何事も無かったかのように静まりかえっている。
周りの家も電気が消えていて、みんな寝ているようだ。 特に何もなっていない。
さっきの気は俺の勘違いだったのだろうか、そう思って家の中に帰ろうとした時、俺は何かを発見してしまった。
道の真中に何かがある。
暗闇のせいで、あまりよく見えないが人?だろうか? 
いや人にしては少し小さすぎる気がする、それにさっきから少しも動かない。
「何かあったの?」
加奈が家から半分体を乗り出して言った。
「こっちを見てくれ。 あそこに何かないか?」
「え、・・・なにあれ?」
「わからない、ちょっと見に言ってくる」
俺はある物の方へと歩いていった。
1歩、2歩とある物に近づくにつれ、俺はその正体がわかってきた。
確かにそれは人間ではあった。 ただし腰から下が無い状態ではあるが。
俺はまだ、人の死体という物を見たことがなかった。
化け物の死体なら、何回も見てきたが、やはり人間のものとは違う。
ましてや、初めての物がこれほどインパクトのあるものとは・・・。 少し吐き気がしてくる。
「達也、何があったの?」
加奈はこっちに走ってこようとしている。
「来るな、加奈!」
加奈はびくっと動くのをやめ、その場に立ち止まった。
「村長さんを呼んで来てくれ。 なるべく早く、頼む」
「何で私が? あんたが行けばいいでしょ?」
「いいから言うとおりにしろ!!!」
俺の普段とは違う態度に、加奈は渋々村長さんの家の方に向かっていった。
いくら加奈とはいえ、まだ高校生の女の子にこれを見せるのはどうかと思う・・・。
さて、どうしようか? この死体の状況、村長さんの言っていたものと同じ死に方であるという事は、
鬼の仕業と考えていいのだろうか。 問題はいつこれが起こったのだろうか? 
まぁ、予想はできている。 俺が異質な気を感じた瞬間。 ほんの数分前だろう。
くそ!あと少し早く俺が駆けつけていれば、こんなことには・・・。
まぁ、だからといって加奈を責めているわけではない。 悪いのは"鬼"なのだ。
あまり気は進まないが、皆が来るまでに軽く死体検分をしておこう。
何か情報があるかもしれない。

A:体をさわってみる
B:持ち物を調べてみる
C:気を感じてみる


俺は死体に近づいた。
やはり、何度確認しても、それは人間であって、ほんの少し前までは普通に生きていたとは
考えられない程、今の状態はひどかった。
見る限り、性別は男性で、年は60〜70歳といったところか。 
腰のあたりの切断面から、おびただしい量の血液が流れ出ていて、あたり一面を赤色に染めている。
それはこの暗闇の中でも、はっきりと確認できた。
俺は血の海を避け、一番触れ易そうな死体の腕に触ってみた。 ・・・まだ暖かい。
という事は、やはり死んだのはついさっきという事だ。 つまり気を感じた時・・・。
鬼はもともと、この人を狙っていたのだろうか? いや、違う、偶然だろう。
この人を狙っていたのなら、家の中で殺されている可能性が高い。
普通の人ならば、この時間は寝ている時間なのだから。
つまり、この人は何らかの理由で外を歩いていた時、偶然殺されたということだ。
・・・でも鬼は一体何の恨みがあって村人を襲うのだろうか。
いや、本来鬼は人間を主食とする妖怪だ。 理由など無いのかもしれない。
(Dに進む)



俺は死体に近づいた。
何かこの人を特定できるものはないだろうか?
俺は死体のまわりや、死体自身を確認してみた。・・・特に何もないようだ。
まぁ、村の人達ならこの人が誰であるか特定できるだろう。
顔は無傷で残っている。
それが逆に、この現実離れした死体に不釣合いで、人間だということをはっきり認識させてくれるのだ。
(Dに進む)



俺は死体に近づいた。
もしこの人が鬼に殺されたものならば、その死体には微量たりとも鬼の霊気が残っているはずだ。
霊気さえあれば、ある程度相手を探ることができるのだ。 多少の時間はかかるが。
俺は死体に向けて全神経を集中させた。
・・・・・・!
なんだこれは? 確かに鬼の霊気はあった。 その存在は確認できる。
しかし、それ以上がわからない。 これが鬼の仕業としかわからないのだ。
何かがこれ以上の、詮索が出来ないようにしているようだ。
・・・これは鬼の単独犯ではないのか。
(Dに進む)



その時、後ろから誰かの足音と話声を聞いた。
「一体こんな時間に何の用なんだい?」
「いや、達也が呼んで来いって言って、私もよくわからないんです」
加奈と村長さんが来たようだ。
俺は振り返って、二人の方を向いた。 彼らも俺の姿を確認したようだ。
「加奈、お前はここまで来るな」
「何でよ、別に私が何処に行こうと勝手でしょ」
そういうと加奈は俺の所まで走ってきて、俺の後ろにある物を見ようとした。
「馬鹿、やめろ!」
「いいじゃない、別に減るもんじゃないし」
俺は必死に後ろの物を見せないようにした。
「何するのよ、ここに何があるのよ!」
「・・・・・・死体だ」
「え!」
加奈はいきなりの俺の言葉に、驚きを隠しきれない様子でいる。 それは村長さんも同じのようだ。
「いいか、ここには例の下半身のない死体がある。 俺はお前にそんな物を見せたくない。
だから、そこで民宿へ先に帰れ」
加奈はどうすればいいのか戸惑っているようだ。
人間として、そんな物は見たくないという気持ちと、ここに仕事として来た陰陽師として、ちゃんと見ておかなければいけないという気持ちだろう。
「心配するな、俺がちゃんと調査しとくし、後で説明してやる。 いいから黙って戻ってろ」
「でも・・・」
「いいから!」
「・・・・・・うん、じゃあ後よろしくね」
加奈はそう言うと、民宿のほうへ、とぼとぼと戻っていった。
やはりいくら話に聞いていたとしても、それは所詮聞いた話なのである。
[百聞は一見に如かず]という諺の通り、その場で自分が体験して初めて、その怖さがわかるという事だろう。
そんな事を考えている間に、村長さんが俺の元へ来ていた。
「川末・・・まさかお前が・・・」
村長さんは目に涙を浮かべて、元村人の亡骸を見ている。
確かこれで13件目になるのだろう。 つまりこんな小さな村から13人も死んでいるのだ。 
やるせない思いでいっぱいだろう。
「村長さん、この人は・・・」
「彼は川末 進といいます。 人当たりが良く、明るくて、そして人を笑わせるのが得意な人でした。
私の小学校からの付き合いで、一番の親友だったのです。それがこんな・・・」
村長さんは、地面に膝をついて、手で地面をドンドンと叩きだした。
「くそ、鬼め!鬼め!鬼め!鬼め!・・・・・・」
村長さんの悲惨な叫び声が、静かな村に響いた。
いくつかの家がその叫び声に気付いたようだ。
ちらほらと家の灯りがつきだした。
「村長さん、落ち着いてくれ。 皆が気付きだした」
俺がそう言うと、村長さんははっと我に帰って、叫ぶのをやめ、俺の方を見て言った。
「すみません、取り乱してしまって。 とにかく川末さんをどうにかしなくては・・・。
このままにしておくわけにはいけませんから」
そう言って、村長さん自身が、灯りのついた家へ出向き事情を説明しだした。
村人達は、当然驚き、悲しみはしたが、このこのような事態に慣れてしまったのだろうか。
冷静な様子で、数人によって死体は運ばれていった。
後に残る血だけが、ここでおこった惨劇を物語っていた・・・