赤本

〜第三話〜

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船が島に到着したのは先ほどから1時間後の事。
なぜ上陸するのにそんなに時間がかかってしまったのかというと、それはこの島の地形にある。
この島は、船着場以外全て断崖に囲まれている。 さらに船着場さえも海流の関係で、多少舵のとりにくい場所に位置しているため到着が遅れたというわけだ。 
まるで、ここは誰も逃がさないように作られた、自然の監獄のような場所なのではないかという思いにさせてくれる。
ちなみに、俺達が乗ってきた船、実はこれ「組織」の出してくれた船だ。 この島への交通機関というのは、3日ごとにある船だそうだ。 
その船は昨日来たらしく、時間にうるさい「組織」が仕方がなく船を手配してくれたらしい。
タイムリミットは、次の船(帰りは公共の船を使えとの命令)がくる時間の、二日後の昼までだ。
それまでに仕事をこなせなかった場合、俺達は始末書100枚以上を書かなければいけない。
俺達は過去1度だけ仕事に失敗したことがあるのだが、その時は地獄だった。
始末書100枚を10時間以内で書く、それができなければさらに100枚と、エンドレスに続いていくのだ。
俺達が最終的に終わったのは、書き始めてから30時間たったときだろうか。
とにかく、失敗は許されない。 確実に成功させなくては・・・
「さっきよりも気が強くなってるわね。嫌な感じだわ。 とりあえず、こんな所にいても始まらないし、
まずは宿を取りに行きましょう」
そういうと、加奈は道にそって歩いていった。

10分ぐらい歩いただろうか。
いきなり視界が開け、そこには木製の家が何十件も立ち並び、ひとつの村が存在していた。
それはまるで、古き良き日本の景観を形作っているようで、もしこんな状況ではなければしばらく観光していきたいものだ。
俺達は宿を見つけるため村の中を歩いていく。
途中すれ違う村の人達は皆、俺達を見て逃げ出してしまった。 一体何だというのだ。
しばらくして、縁祇民宿と書かれた家を見つけ、俺達はそこを宿にすることに決め、中に入っていった。

民宿のカウンターには誰もおらず、そこには「御用の方は呼び鈴をお鳴らし下さい」という張り紙があった。
そこで俺はそこにあった呼び鈴を鳴らした。
・・・・・・。
無反応だ。 そこでもう1回鳴らしてみた。
・・・・・・。
またしても無反応。
「何なのよ、ここは? 普通は1回目ですぐに駆けつけてくるものよ。それが何? 2回もやってるのに来ないなんて無礼にも程があるわ」
「もしかして、今居ないんじゃないか?」
「そんなはずはないわ。 仮にも人を持て成す仕事についている者が、家を空けているなんて考えられない。
絶対来させてやるんだから」
そう言うと加奈は、呼び鈴を何回も鳴らし始めた。

しばらくして、上の階から人の足音が聞こえてきた。 ちなみに加奈はこの間も呼び鈴を鳴らしている。
「あ〜、誰じゃ。いたずらで呼び鈴を何回も鳴らす奴は?」
一人の年老いた男が、口にタバコをくわえながら降りてきた。
しかし、次の瞬間年老いた男の顔が色を失い、タバコが床へポトリと落ちた。
「あ、タバコが!」
タバコにはまだ火がついていたので、その火が木製の床に燃え移ろうとしている。
「お、お前ら、一体何者じゃ・・・」
年老いた男は恐怖に包まれた顔をして、歯をがくがくさせながら聞いてきた。
「私達は今日この島に来た者です、それで宿を借りたくてここに来ました」
加奈は男の態度に対して冷静に答えた。
「嘘をつくな! 今日は船が来ない日じゃ。 まさかお前ら・・・」
その時タバコの火が床に完全に燃え移り、大きな炎を上げた。
「わっ、何じゃ?」
男は先ほど自分が落としたタバコに気付いていなかったらしい。
懸命に消そうとしているが、火の威力が衰えそうもない。
しょうがない、使うか。
俺は自分の手を前に出して空中に星型を描きながら唱えた。
「バン・ウン・タラク・キリク・アク! 水天(バ)の力よ、我の元に」
その時目の前に描いた五角形の星型から、突如水が噴出し床に広がっていた炎をかき消した。
「ふぅ〜、これで大丈夫だろう」俺はほっと息を吐いた。 が次の瞬間、加奈の拳が顔面に迫っていた。
「あんた、何勝手に人前で使ってるのよ。 組織法第9条:極力人前での技の使用は控える。 忘れたの!」
「あ、悪ぃ。 つい・・・」俺は顔面をおさえながら答えた。
「ついじゃないでしょ、全く。一体どうこの人に説明すればいいのよ」
加奈は戸惑いながらも、怒っているという不思議な状態になっている。
その時、年老いた男の口から信じられない言葉が発せられた。
「これは、まさか陰陽術か・・・」
俺と加奈は予期していなかった言葉に、年老いた男を凝視した。
「あなた、何でそれを知っているの?」
年老いた男は今までの恐れていた顔から、少し険しい顔になったが、
それもつかの間、年老いた男は笑顔でこう答えた。
「私は若い頃、少し独学で陰陽術について勉強していてな。 まぁ、結局何も使えずにやめてしまったんじゃが」
「あぁ、そうなんですか。 だから知ってたんですね」
俺は先ほどの男の顔の変化について多少の疑問を感じながらも、男の話に耳を傾けた。
「・・・そうか、陰陽師か。 なら安心じゃわい。 一体こんなところへどうしたんじゃ?」
何が安心なのかはわからないが、とにかく普通に話せるようになったようだ。
「まぁ、それより先に聞いておきたい。 さっきは何でそんなに俺達を怖がったんだ? 村の人達だって」
「あぁ、それか。 いや〜、悪い。 それはお前らが鬼の化身かと思ったんじゃ」
「鬼の化身?」
「そうじゃ。 最近この島では鬼の化身が現れて、人をさらっていくんじゃ。 それでお前らが船のない日にいきなり現れる
もんじゃから、勘違いしてしまったわい」
"鬼の化身"の出現。 鬼の封印が解けかけている証拠だな。 まぁ、まだ十分に処理できる範囲だが。
「久しぶりの客じゃ、しかもそれが陰陽師だときとる。 これはこの村の吉報じゃ。 すぐに村長に知らせて、
歓迎会を開かなくては・・・」
年老いた男はそう言うと、ものすごいスピードで家の外へ走っていった。
宿の中に取り残された俺達。
「あんたが、余計な事するから、こんな事になっちゃったじゃない。
組織法第1条:仕事中にはなるべく自分が陰陽師であることを隠す。 忘れていないわよね?」
加奈は、家の入り口のほうを眺めながら言った。
全く申し訳ない・・・