赤本

〜第二話〜

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蝉も鳴くことをやめ、俺を苦しめていた炎暑という地獄も終わり、気付けば、"秋"と呼ばれる季節になっている。
冬ほどではないが、秋の風というのもなかなか冷たいものだ。 それが船の上ならなおさらだろう。
こんな時に船に乗っている人物、そうそれは俺だ。 あのメールでの指令からわずか5時間しかたっていないという
この状況。 ちなみにそのうち3時間は船の上で過ごしている。すでに陸を出発してから随分経ったが、一向に目的地は見えてこない。
この高い波のせいで多少船酔いをもよおし始めている。
そんな俺の隣りに、いつもと変わらないすました様子で彼女はいた。 そう加奈が。
そろそろ俺達の身分でも紹介しておこうか。 さっきから語っている俺の名前は池上達也。
ごく普通の高校生では・・・ないな。 こんなやつら日本じゃ俺達だけだろう。
では、なぜ俺達が普通じゃないのか、それは俺達が「陰陽師」だからだ。
陰陽師といえば、安倍晴明あたりが有名だろう。 まぁ、俺達もそのあたりと同じ系統に属する。
もちろん、俺達はまだまだ未熟者であるから、歴代の先代達に比べてはるかに実力は劣るが。
この世間一般的に、陰陽師が現代に存在しているなんて全然知られていないだろうと思う。
俺だってつい2、3年前まではそんなことも知らずにぬくぬくと平和に過ごしてきたのだから。
まぁ、その後色々あって(詳しくはまた今度話そう)、俺は今「組織」と呼ばれるものに加盟している
(正確には加盟させられたが正しいのだが)
そこから俺達へ仕事の指令がくるのだ。
ではなぜ俺達みたいな未熟な者まで駆り出されなければいけないのか。
その理由はただ一つ、術者の人数不足である。 この現代で、陰陽術を使えるものは数える者しかいない。
に対し、1年間に異常現象の起こる回数はその人数の数十倍以上はある。 否応なしに派遣されるのだ。
まぁ派遣されるといっても、現地の人が「来てくれ」と頼んで、出向くわけではない。
組織が何処からともなく情報をつかんで来て、それを検討し、俺達に与えているらしい。
実際あまり詳しくはわからない。
こんなハードな仕事をこなしているのだから、さぞかし給料は高いのだろうなと思われるだろうが、
それは大きな間違い。 あくまでボランティア活動だとみなされるので、基本的に給料は0。
交通費・宿泊費ぐらいだろうか、支給されるのは・・・
唯一の利点?まぁ利点かどうかはわからんが、それは学校をいくら休んでも進学できるとの事。
組織のほうで、学校を言いくるめてそういう特別扱いをしてくれているらしい。
俺は普通に学校に行きたいんだが・・・
まぁ、そんなこんなで、俺達は今派遣場所の離れ小島に向かっているのであった。

「あんた、さっきから誰と話してるの?頭でもおかしくなったわけ?」
先ほどからずっと俺の様子を窺っていた加奈が、突然呆れ顔で話し掛けてきた。
A:「何言ってんだよ。 ちゃんと説明しとかないと、画面の向こうの人達が困るだろう!」
B:「えっ、あ、え〜と。ただの独り言です、独り言」
C: 僕は無視して話の続きを始めようとした。


「何言ってんだよ。 ちゃんと説明しとかないと、画面の向こうの人達が困るだろう!」
俺は当たり前のことを、堂々と加奈に言った。
対する加奈は、さらに呆れたように「一体どこにそんな人がいるのよ、冗談は顔だけにしてくれる」
と真顔で言って、船の先端部の方へ歩いていった。
別に冗談を言ってるつもりはないのだが・・・あいつには俺達を見つめる視線が見えないのだろうか。
(Dに進む)



「えっ、あ、え〜と。ただの独り言です、独り言」俺は事を荒立てないようにと
早めに話を切り上げようとした。 しかし、それは裏目に出てしまったようだ。
「独り言?独り言にしては随分長い間話してたわね。 正直に言いなさいよ。今話せば許してあげるわ」
話すっていったって、一体どうやって説明しろっていうんだ。 まさか画面の向こうの人達に
説明していたという訳にもいかないし。
俺が必死に何か違う言い訳を考えるため、頭をフル回転させているうちに、加奈は「あ、そう。言いたくないんならいいけど
その代わり、今日の昼食は達也のおごりね」 そう言うと船の先端部のほうへ歩いていった。
はぁ〜、全く加奈の理不尽さには困ったものだ。まぁ、今日のはまだましなほうだが・・・
(Dに進む)



僕は無視して話の続きを始めようとした。 その途端、俺の顔面左45度の方角から拳が飛んでくるのを
確認はできたが、避けることはできなかった。 言うまでもなく加奈の拳である。
「人が話しかけたら、ちゃんとこれに答える。 これは礼儀っていうものよ」
少し無視したぐらいで、すぐに拳を放つ女に礼儀を語るなと、言ってやりたいとこだが、
俺の頭の中はまだクラクラ揺れていて、口から言葉を出すにはまだ随分かかりそうだ。
加奈はフンッ、と言って船の先端部の方へ歩いていった。
(Dに進む)



しばらくして、俺は今回の仕事についてもう一度確認するため、加奈のいる船の先端部の方へ向かった。
「なぁ、今回の派仕事内容と、その派遣場所についてもう1回確認しとかないか?」
俺は多少腰の低い態度をとって聞いてみた。
加奈はこっちを振り向き、少し哀れむような態度をとりながらこう述べた。
「もう一度確認?私には不必要な行動だけど、いいわ、やりましょう。
、あなたのミジンコ並の脳では、ずっと記憶しておけないよだしね。
でも、もうこれが最後だから、絶対忘れるんじゃないわよ」
俺は愛想笑いをしながら、奥から湧き上がってくる怒りを必死に抑えていた。
「まず、今回の仕事の目的、それは "鬼の封印" と聞かされているわ。」
「そうだな、以前激しい戦いにおいて、どうにか封印したにもかかわらず、今その封印が解けかけているから再度封印してこい、っていうのが仕事だっけ?」
「そうよ、まぁそのくらいだったら私たちでも充分扱える範囲だし、今回は早く終りそうね」
「だといいんだけどな。 直接鬼と戦わないから、大丈夫だとは思うけど」
「心配ないわ、仮に鬼がでてきても私の技で瞬殺してあげるから」加奈は腕をブンブン振り回しながら自信たっぷりの笑顔で言った。
全くその溢れんばかりの自信は何処からやってくるものなのだろうか。少しは分けてもらいたいところだ。
「鬼か、俺まだ実物見たことないんだよ。鬼って"桃太郎"とかで有名だよな?」
「呆れた、仮にも陰陽師たる者がそんな童話の話をもちだしたりして」
「俺に発想力がないのは自負してるから。 でさ桃太郎ってあれだろ。 
爺と婆の元に桃が流れてきて、そこから桃太郎が出てきて、最終的に犬、猿、雉をお供に、悪い鬼たちを退治するってやつ。」
「まぁ、一般的にはそれで通ってるかもね。 でもそれは後から書き換えられた話なのよ」
「えっ、それどういう意味だ? 詳しく聞かしてくれ」
「いいけど、これを話すにはちょっと長くなるけどいいの?」

A:「あぁ、かまわない。今それ聞いとかなかったら、気になって夜寝れなくなる」
B:「長いの? じゃあ結構。 また今度教えてくれ」


「あぁ、かまわない。今それ聞いとかなかったら、気になって夜寝れなくなる」
「じゃあ説明するわよ。 そもそも桃太郎という話が出来たのは、今から500年ぐらい前の室町時代末期あたりなの。
その頃の桃太郎は"川から拾ってきた桃から生まれた"っていうものじゃなくて、"川から流れてきた桃によって
生まれた"というものだったそうよ」
「えっ、何だってもう1回?」俺はある程度の予想はつきながらも聞いてみた。
「だから、つまり"桃を食べて若返った老夫婦から生まれたのよ」
「ん? 何なんだ、それは? 具体的に何やったんだよ?」そう言い放った瞬間、加奈からいまだ経験したことのない程の、威力のある拳が俺の腹に飛んできた。
そう、それはまるでプロボクサーに殴られたようで、加奈なら本当に素手で鬼と戦えるかもしれないという思いが一段と強くなった一撃だった。
「なんで、あなたはそういう言葉を言わせようとするのよ。 これだから男っていうのは嫌」
加奈はまたそっぽを向いてしまった。
確かに今のは俺が無神経すぎたかもしれない。 仮にも女の子の口からそのような言葉を言わせようとした
俺は馬鹿だ。 ここは素直に謝っておこう。
「ごめん、加奈。 俺が悪かった。 どうか許してくれ、何でもするから」
加奈は少し考えた後言った。
「まぁ、いいわ。 特別に許してあげる。 あんた今、何でもするって言ったわよね。
とりあえず、それとっておくわ。 後で、地獄より厳しい命令出してあげるから。」
加奈はにっこりしながら言った。
俺はこれほどまでに、過去に戻りたいという気持ちになったことはないだろう。
加奈の命令。 考えただけでも恐ろしい。 冷たい秋風が吹いているというのに、俺は背中にじわっと汗をかいている。
「じゃあ、続けるわ。 そしてその話が一般に広く流布したのは、江戸時代初期(1688〜1703)にだされた"赤本"という、昔話を
題材にした絵入りの大衆向け書物の影響が大きいわね」
「赤本か。 このゲームのタイトルと一緒だな」
「そうね。きっと作者もタイトルをなかなか思いつかなくて、適当につけたんでしょう。 いい加減過ぎるわ」
「って加奈? 一体何のことを言ってるんだ?」
「何って、えっと・・・ごめん、今の話は忘れて」
そう言うと、加奈は頭を赤らめてうつむいた。
まさか、この加奈ともあろうお方が、非現実世界の話を持ち出してくるとは。
「え〜っと・・・、じゃあ現代のような話になったのはいつなんだ?」
「それは明治20年(1887年)の初等教科書『尋常小学読本』で、桃太郎の書き換えられた話が載せられた事によって広まって
いったのよ」
「よく覚えてるな、そんなの。 でも何で書き換える必要があったんだ? 別に書き換える必要なんていらないだろ」
「それはね、これが子供向けの教科書だからよ。 内容を子供達に分かり易い筋にする場合に、子供がどのように生まれるのかということに子供達が疑問に思って、本筋から離れてしまうのではないかって考えられて、性話の部分の削除をしたっていう説もあるわ。さっきのあんたみたいになっても困るしね」
全くそのとおりだ。
「他に書き換えられた筋は、そうねぇ・・・鬼が島征伐への動機かしら。 赤本では桃太郎は「宝物を盗りに行く」
盗賊まがいの陽気な侵略者だったそうよ。 今のような鬼が悪さをするから、懲らしめに行くという征伐者ではなかったのね。
あとは、お供の戌、猿、雉はきび団子欲しさの従軍ではなく、桃太郎の人格に惚れて参加したって事ぐらいかしら。
確かに考えてみたら、たかが食べ物のために、自分の身を危険にさらすなんて考えられないしね」
全くそのとおりだ。 ただ今言える事は、俺は加奈の人格に惚れて自分の身を危険にさらすことはないな、という事ぐらいだろうか。
「ん、今私のために身を危険にさらすことはないなって思ったでしょ?」
「い、いや、そんな事思ってないって。 加奈嬢のためなら、たとえ火の中、水の中、草の中、森の中・・・」
加奈はどうやら人の心の中まで読み取ることができるようになったらしい・・・。
「まぁ、そんな変化も全て政府が"桃太郎"を通じて、国を守り、孝行を尽くし、悪と対峙する正義の味方という
桃太郎のイメージと教訓性を、子供たちに形成しようとしたからでしょうね。 これで話は終わりよ」
「何か桃太郎に対するイメージが変わっちまったな。 そんな歴史があったなんて・・・」
「そうね、まぁ今の話はまだ一部だから、調べれば他にも沢山出てくると思うわ」
「ところで、何でこんな話になっちまったんだっけ?」
「それは作者が冒頭で意味もなく出し惜しみするから悪いのよ。 全くちょっとはこっちの身も考えてもらわなきゃ」
・・・。 全くそのとおりだな。
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「長いの? じゃあ結構。 また今度教えてくれ」
たしかに桃太郎の話には多少なりとも興味はあるものの、基本的に長い話を聞くのが苦手な俺は、無難に
"今度"という言葉をつかって会話を終えようとした。 まぁ、実際今後聞く事もないだろうが。
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その時、前方に長かった海の旅を終える目印が見えてきた。
島が見えたのだ。
「達也、あなたも感じるわね?」
加奈は急に真剣な顔つきになって尋ねてきた。
「あぁ、感じる。 あの島が見えた途端、急にここら一帯の気の強さが変わった。
一体あの島、どれほどのもんが封印されているんだか・・・」
俺は今からあの島に乗り込んで、鬼を封印しなくてはならない。
さっきまでは気楽に考えていたものの、いざここまで来てみるとさすがに、さっきまでの気持ちを維持できそうにはない。
それほどまでに、ここで感じる気が強いのだ。
「そういえば、あの島の名前ってなんだっけ?」俺は加奈に尋ねた。
「あの島の名前? あの島の名前は縁祇島よ。でもね、さっき船に乗る前にそこの地元の人から聞いたんだけど、彼等はあの島をこう呼んでるらしいの。 "鬼が島"と・・・」